ペットの最期を看取りました

「頑張れ!たる」を書いた翌日に、天国へ旅立ってしまいました。
思えば、こうなることが分かっていたようにも思います。


◆12月16日(金)
日中かけて行った即効性があると言われていた点滴の効果は見られず、ヨロヨロと首をうな垂れて歩く姿を見て、今日行くはずだった病院も、たるのストレスになるならば行かない方が良いと思い、家に居ることにした。「延命治療」という言葉が、頭を過ぎった。キャリーバッグに入ることも、家の外に連れ出されることも、病院も大嫌いだったから、これ以上治療を続けるのが可哀想に思えてきたのだ。

夜、家族が就寝の時間になり、いつもなら自分で旦那のベッドに飛び乗って布団の中にもぐって行くのだが、その元気も無さそうだったので、私が抱っこして連れていった。すっかり痩せてしまって、とても軽い。
明日までもつだろうか?誰も口にしなかったが、家族全員がそう思っていた。

12月17日(土)
深夜2時頃。旦那が「たる、たる!おいっ。」と呼ぶ声で目が覚めた。
電気を点けて羽毛布団をめくってみると、今までに聞いた事のないような呻き声でニャーと鳴きながら、呼吸が苦しそうで脚を痙攣させている。慌てて旦那にリビングの電気と暖房をつけてもらい、たるのクッションに寝かせる。でも、何をしてあげたらいいのか分からず、ただただ旦那と二人で名前を呼び続け、頭や身体を撫でてやる。
目は焦点が合っていないように一点を見つめ、息が小さく速い。そして時々、カーッと大きく息を吸う。その瞬間、まだ生きてると安堵する。
そんな姿を見ていていたら、「たる、苦しいね。もういいよ。頑張らなくていいよ。」そう心の中で思ってしまった。
20分位経った頃だった、また大きく息を吸って後ろ脚をグーッと伸ばしたと思ったら、もう息を吸わなくなった。
旦那が「はぁ、お終いか。」と言うのを聞いて、死んだのだと理解した。再び大きく息を吸うことは無かった。
娘を起こして、お別れをさせた。娘はさほど取り乱すこともなく、悲しそうな顔をしながら冷たくなっていく身体を撫でていた。
旦那は涙を拭って再びベッドに入る。明日も仕事で早いのだ。
たるの目を閉じて、
「たる、よく頑張ったね。今まで有難う。」とハグをした。とても安らかな眠るような、とても綺麗な顔をしている。膝掛けで全身を覆ってやった。
娘を寝床に行かせ、私もベッドに入った。終ってしまったのだなぁと思いながら直ぐに眠りについた。

朝になり、出勤前の旦那に葬儀のことを全て任された。旦那は、たるの頭を撫でて、最後の別れのように家を出て行った。もう今夜家に帰ったら、たるは居ないのだと腹を括ったような感じだった。後で聞いたのだが、土曜の朝早い時間の電車はガラガラに空いていて、旦那はポロポロと涙をこぼして泣いたらしい。

以前から「家族3人で見送りたい。」と話していたので、病院の待合室で他の飼主さんから情報を集めていた。
哲学堂が良いらしいので、電話をして説明を受けた。夕方までに遺体を連れて行けば、霊安室で安置し3日以内に荼毘にうつすことが出来ると。それ以外にも、立会いや、納骨の仕方などは選べるようである。一応夕方までに連れて行くと伝え電話をきった。

実家の母にも、たるが逝ってしまったと電話をした。
その時の様子や霊園の話もした。母は、共同塚を強く勧めた。それが私には、とても腹が立った。これは家族で話し合って決めることで、母には関係ないことだったからだ。いつも余計なことを言う。そしていつも喧嘩になる。この日も、半ば腹を立てた状態で電話を切った。

たるの遺体を見ていると決心がつかないし、涙が出て止まらなくなるので、娘と一緒に哲学堂動物霊園に下見を兼ねて、もう一度説明を聞きに行った。
自転車で霊園に行く途中、いつもキャットフードやトイレの砂を買いに行っていたペットフードのお店の前を通った。もう買いに来る必要がなくなったのだなぁと、寂しい気持ちになった。後ろから無言でついて来る娘も、その時同じことを思っていたそうだ。

霊園は、家からも近いので、いつでもお墓参りに行ける。
霊園の方は、とても親切且つ丁寧に説明をしてくれた。いろんな方法が選べるらしいことが分かった。当日の変更も可能だそうだ。納骨堂は、金額によって様々なランクがある。しかし、担当の方が最後に言った「立派な納骨堂に納めても、お参りに来られなければ、コインロッカーに入れているのと同じですから。」という言葉が妙に引っかかった。
火葬は立会いを希望しているが、旦那の仕事の都合もあるので、日程が決まったら連絡するとお願いしてその場を後にした。

その後、納骨堂などは自由に見ても構わないとのことだったので娘と一緒に見て回ったのだが、どんなに写真を飾りお供え物をしても、これは人間のエゴなのではないだろうか?と感じた。天国に逝っても愛され続けるペットたち、その飼主たちの想いも悪いとは言わない。しかし私には、維持するための年会費を毎年払い、ずっとそこに通って管理し続ける自信は正直無かった。たるへの想いは、そういう事ではなく、心の中にそっとしまっておきたかった。

果たして、たるは幸せだったのだろうか?どう思って今まで生きていたのだろう?

帰る途中にスーパーでお供え用の白い花を買って帰り、遺体を浅めの段ボール箱に納め、霊園でアドバイスされた通りお腹周りに保冷剤を添えて、供花とお水&カリカリを供えた。最後の3週間は、殆ど食べられなくなっていたから、たくさん食べてねという気持ちで手を合わせ、また涙した。

帰宅した旦那に霊園で受けた説明を伝え、話し合って旦那の休日である20日に葬儀を行い、骨を拾って、普通の動物として共同塚に埋葬することに決めた。


12月18日(日)
お世話になった病院にも連絡した方がいいだろうと旦那に言われたので、阿佐ヶ谷動物病院に報告の電話をした。
とても冷静に、事務的に伝えるつもりだったので、受付けの看護師さんがまさか先生に取り次いで下さるとは、思ってもみなかった。
通院している間、院長先生には一度もお会い出来なかった。電話の保留音が流れる間、どちらの先生が電話にお出になるのだろう?こんな忙しい時間に、本当に電話に出てくれるのだろうか?と思っていた。そして電話に出たのは、女性のT先生だった。死に至るまでの経緯を淡々とお話して、取り乱すことなく電話を切る予定だった。しかし、T先生の優しいお言葉に、不覚にも電話で大泣きしてしまった。それを傍で見ていた娘が、私の背中を優しくさすってくれていた。
T先生が、「お力になれず、申し訳ありませんでした。」と仰るので、
私が「いいえ、高齢でしたし、もう少し早く私が病院に連れて行ってあげていたらと思うんです。」と言うと、「猫ちゃんは、辛いとかいうのを隠してしまうので、分かりにくいんですよねぇ。でも、最期にお母さん、お父さん(飼主)に看取って貰えて、たるちゃんは幸せだったと思いますよ。」と言って下さった。この言葉が、私をどれだけ救ってくれたか分からない。もし、この先生に出会っていなければ、私はいつまでも自分を責めて立ち直れなかったと思う。

12月19日(月)
旦那は仕事、娘は学校で、私は家の事を片付けて気を紛らわせた。今の内に猫トイレやキャットフードなど片付けてしまわないと、葬儀の後に気力が出ない状態になってしまうかもしれないと思った。
供花の水を取り替え、保冷剤を取替え、たるの頭を撫でる。身体はすっかり冷たく硬くなってしまっても、本当に眠っているような美しい顔を見て、声をあげて泣いてしまう。もう、甘えた声で擦り寄って来ないし、壁紙爪とぎをして怒れるのではないかと目を丸くして私を見て走り去ったりしない。

掃除機をかけていると、動物病院から供花が届いた。とても綺麗なお花。たるの小さな祭壇にお供えした。
普通の動物病院は、こんなにも気遣ってくれるものなのだろうか?
心から感謝の気持ちでいっぱいになった。それと同時に、すごく悲しくなった。
たるにお花が届いたよと話しかける。不思議なことに尻尾は硬直しないらしい。持ち上げて離すとプラーンと垂れる。この一箇所も曲がっていない真っ直ぐなシマシマ尻尾を焼いてしまうのは勿体無いような気がした。


12月20日(火)
空は、青く澄み渡っていた。動物霊園にて葬儀を行い、家族3人で飼猫たるを見送った。

人間の葬儀と同じように、とても丁寧に葬儀担当の方々が接して下った。

準備が出来るまで、お線香をあげお別れの間で待つ。家で一緒に過ごしたくさんの涙を流したので、私はあまり泣かなかったが、旦那が感情を吐き出していた。彼は子供の頃にペットを飼ったことがなく、たるが初めてだった。しかも仔猫の時から17年間も一緒に居たのだ。思い出しては涙が出るらしい。もし一人暮らしで飼っていたとしたら、完全にペットロスになっていただろうと言う。
たると最後の一緒の写真を撮る。たるが微笑んでいるように見えた。

準備が出来たということで火葬場に移動する。
そこで、娘が書いた手紙と花一輪だけは、一緒に焼いてくれるというので、いちばん大きくキレイな花を選んで、その場を後にし、待合室へと案内された。
和室の20畳くらいある部屋は、テーブル毎にパーテーションで区切られている。私達の他に一組のご夫婦が先に座っていた。
係の人がお茶とお菓子を運んでくれた。故猫の思い出話などしつつ、3人で写真を撮る。変顔をしたり、なるべく暗くならないようにして過ごした。その中の一枚は、後に今年の年賀状に使った。

火葬場に戻り、骨になった姿で出てきたのを見ても、あまり実感は無かった。
不思議にも悲しみも込み上げて来なかった。
 
当たり前だが、猫にも喉仏ってあるんだな。
荼毘の担当の男性が、「これが喉仏です。仏様が合掌する姿に似ていることから、この名前で・・・。」と、義父の時と同じ事を説明して下さった。

本当に小さな喉仏。
出来ることなら、持ち帰りたかった。でもそれは、身体の一部を切り離すこと。それも可哀想な気がして目に焼き付けるだけにしておいた。
小さな骨壷に3人で交代しながら納めていく。米粒よりも小さな細い骨。指先のものだろうか?あの真っ直ぐな尻尾の先だろうか?

それが終る頃には、陽は沈み辺りは暗くなり始めていた。
その日直ぐに共同塚へ納骨を依頼していたので、三度場所を移動する。
納骨塚の蓋が開けられていたので、中を覗き込むと無数の白い骨が見えた。そこへ骨壷から骨だけを入れるのだが、自分でやらなければならない。おそらく他人がやるのでは、躊躇した時に止められないし、悔いが残るかもしれないからだろうか。決めていたことだが、まるでゴミ捨て場に捨てるようなそのシチュエーションに一瞬手を止めてしまった。意を決して骨壷を逆さにした。すると底に長い骨が一本だけ、中に入ることを拒否するかのようにつかえて残っていた。半べそをかきながら、それを素手で取り塚の中に放り込んだ。もう元には戻せない。帰ってこない。

全てが終了し、霊園を後にした。
辺りはすっかり暗くなっていた。
帰り道で、首から右肩に重くのしかかるような痛みを感じた。他の動物霊が憑いてきてしまったのかもしれない。
その後、お清めと称して夕食とお酒を飲んだが、どこへ行ったのか覚えていない。

たるよ、安らかに眠れ。
もう苦しまなくていいんだね。
本当にありがとう。



阿佐ヶ谷動物病院HPはコチラ http://www.asagaya-ah.com/
哲学堂動物霊園HPはコチラ http://www.rengeji.or.jp/

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