パントマイム-闘う母さん!ここにあり

パントマイムウィークも今年で5回目。
お陰様で、ここ数年、舞台の数も増えた。

私は、やはり舞台好きなのかもしれない。
いや!大道芸も勿論好きなのだが、立ち方というか自分のスタンスの問題かもしれないが、演っていて生きてる実感があるのは舞台なのだ。

かと言って、大道芸もバカにはできない。
オーダーを貰ってやることなので、責任が生じる。
「最低限のノルマ(イベントや会場を盛り上げる)を達成しなければならない」という使命感から、手を抜くわけにはいかない。


舞台も同じく、入場料というお金を頂いてやらせて頂くのだから、最低レベルの満足を観客に与えなければならないのだが、表現の自由は大道芸よりも広い範囲が許されているように思う。
とは言っても、なんでもありの試演会レベルでは、許されないキャリアを持ってしまったので、どんなものでも良いというわけではない。


この数年の間に、私の中で色んな変化があったのは確かだ。


抽象作品は、好きだ。影響を受けた作品も多い。
人間の苦悩や、モヤモヤをシーンに散りばめてアングラ劇のような作風にする。
若い頃は、そういう作品に傾倒していたものだ。
多分、ダンスを長くやっていた影響もあるだろう。
具象よりも抽象を好んでやっていた。

しかし紆余曲折の末、歳を重ねた事もあるが、伝わり難いものは自己満足で終ってしまうし、一般の人には受け入れ難い、ということが分かっていてそれを無視できなくなってきてしまったのだ。
「なんだか話の意味は分からないけど、すごい。」「想像力をかきたてられた。」「こんな表現方法(ジャンル)があったのか。」
そういう感想も大いに結構。だが、果たしてそこに未来はあるのか?
広がっていくのだろうか?

いろんな表現があるのがパントマイムの良さだということも重々承知の上だが、自分が売れるか売れないか?
それは、気持ちいいだけの表現をしていてはいけないのかもしれない。
気持ちよく、やりたいことをやって、生活もできたら、言うこと無しなのだけど。

最近、パントマイム=が~まるちょば という図式が定着しつつあるようだ。
以前は、中村ゆうじのパネル芸=パントマイム だった。
その前は、街中で見かける大道芸人が人形の様に動かずにじっと立っているのがパントマイムだった。
それぞれの情報元によって、固定観念も誤差はあるが、誤解されやすいジャンルであることは間違いないようだ。
本当は、もっと幅の広いのがパントマイムであり、演劇や大道芸の道具として使うことも出来るものである。
こんな風にパントマイムとは、柔軟性のあるもの、流動的なものなので、浸透し難いものであるのだろうか?



主婦を題材にした今回の作品も、一昨年の年末ライブで試作品発表をして以来、いろいろな手を加えては可能性を広げてきた。
おそらくシリーズ化も夢ではあるまい。
現に新しいアイディアもストックしてある。

そして有難いことに、共感してくれるお客様が大勢いること、感動してくれる方もいた。
この作品を観て、「島留美のファンになった。」という方までおられる。


ただただ、この作品を通して、みんなが元気になって欲しい。
それが私の一番の願いである。




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